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デジタル時代のアナログ表現 by 清水吉治

手描きスケッチによる造形表現の必要性


デジタル表現時代にあっても、アナログ表現本来の役割の重要さは変わらない。
自分のイメージするものを頭の中から掘り起こし、素早くかたちにすること。
アナログスケッチ(手描きスケッチ)は、そうした機能性において比類のない可能性を
もっている。

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大学での授業風景「スケッチによる造形の展開」


モノの造形とアイデアスケッチ

最近会った大手企業数社のデザイントップは
・「新人デザイナーはアイデアだしの段階においても、デジタルツールでスケッチを描こう
とする」「これでは造形の展開に時間がかかり問題である!」
・「要するに“手”で造形を展開し、スケッチなり立体なりに具現化する方策を知らない
ということだ」
・「教育の現場では “アナログ”によるという実践的なところを教えていないのではないか」
・「大学は感性を磨き、教養を積む場で実践的なところは企業で学べばよいというので
あれば、企業にとっては迷惑千万であるといわざるをえない」
・「外国ではマイスター制度や職業訓練的なところが生かされた実践教育が行われている」
・「日本の大学もそういう部分を充分考えた教育を実行してほしい」
とこぼした。

一方、某クルマメーカーのプロダクトデザイナーの幹部からは
・「うちの新人デザイナー達の多くは、小さな紙に線描きしたスケッチを液晶ペンタブ
レット上にスキャニングし、ブラシングツールでスケッチを仕上げている」
・「ブラシングツールで滑らかなグラデーション処理されたスケッチ群は、すべて均質的
で綺麗に見えるため、造形の良否判断に迷いが生じ、デザインの方向性の決定が遅れ
ることも度々である」
・「また、新卒のプロダクトデザイナーは落書き程度のアイデアスケッチであっても、
ペンタブレットでグラデーションをつけてしまう」
・「アイデアスケッチの表現法に特定がないとはいえ、描写時間がかかるペンタブレット
の使用など本末転倒といわざるをえない」
・「大学の基礎造形表現実習では“手”による造形表現を優先し、デジタルツールを使う
習慣をつけないような教育を切望する!」
との問題提起があった。

さらに、家電企業のデザイントップは
・「大学を卒業して入ってくるプロダクトデザイナーは製品デザインの開発過程において、
アイデアスケッチを2〜3枚描いただけで、いきなりディスプレイに向いラフスケッチ、
レンダリング、製図さらには画像モデルへと繋げてしまう」
・「製品のデザインプロセスのなかで、最も大切な造形展開の部分を積み残したまま、
デザインを進めていくのであれば、結果として人に感動を与えるようなユニークで
魅力的な製品はうまれてこない」
と嘆いた。

やはり、プロダクトデザイン過程初期のアイデアスケッチワークの段階では、造形のバリ
エーションを数多く創出し、その中から独創的でアトラクティブなデザインを選び、製品
化に繋げるのが本来の姿であろう。

しかしながら、今の日本では職能的なプロダクトデザイン教育の場においても、企業の
デザインセクションにおいても数多くの造形展開のためのアイデアスケッチを描く
という部分が、多かれ少なかれ、なおざりにされているといっても過言ではない。
既述のようなことが起因するのであろうか、たしかに日本の製品は機能、構造や精緻な
仕上げなどは非常に優れているが、造形は独創性やアトラクティブ性に欠けるといわれて
久しい。

これは余談にわたるが、世界一ユニークでアトラクティブな造形教育をおこなっている
ロサンゼルスの職能的デザイン専門大学Art Center College of Designの
プロダクトデザイン科では、一晩に50枚の手描きの造形展開スケッチが宿題として
課せられるという。
学生達はほかの課題をかかえながら、誰が見てもデザインの内容がある程度理解できる
スケッチを一晩に50枚も描かされるというのだから驚きである。
Art Center College のレベルとまではいかないにしても、せめて造形展開段階で
より多くのスケッチを描いてもらいたいとの思いで、私は日本や中國のデザイン系専攻
をもつ大学で「スケッチによる造形の展開法」の実践教育をおこなっている。

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文字「A」からの造形転換(電話機)・学生作品


脳から直結する“手”を通してスケッチを描く

さて、この「スケッチによる造形の展開法」の授業では、デジタルツールの使用を望む
学生は決して少なくないが、次の理由からコンピュータは一切使わせていない。

既述のように頭に浮んだ造形のイメージを素早くスケッチ化するには、なんといっても手
で描く方が圧倒的に早く正確だからだ。極端な言い方をすれば、デジタルツールの電源を
入れ立ちあげる間に、数枚のアイデアスケッチを描くことができるからである。
それと、様々な感情や言葉のイメージを直裁的、瞬間的に造形転換し、これをアイデア
スケッチ化するには、脳と直結する手でダイレクトに描くスケッチが表現しやすいからだ。

なお、この「手で描く造形展開スケッチ」の実習授業はプロダクトデザイン専攻生を対象
に、通年や集中方式で行っている。
1回180分の授業では、講師によるスケッチデモンストレーションからスタートし、
そのあと学生は講師のスケッチを参考に各自造形を考え、これをスケッチ化して、授業
終了時に提出させることになっている。

ところで、特定の造形展開方法や造形表現方法を持たない学生達に「アトラクティブで
訴求力のある製品を造形し、スケッチに具現化しろ」といっても無理な要求であろう。
そこで、彼らが理解しやすい平易な造形展開法をスケッチのデモンストレーションを交え
ながら指導している。


ちなみに理解しやすい平易な造形展開の方法とは次のようなものである。

・立体の基本形である立方体、直方体、円柱、円錐 や四角錐などを基本に、スケッチに
よって目的の造形を展開していく方法。
・アルファベット文字の形態を参考に、スケッチに よって目的の造形を展開していく方法。
・日ごろ目にする動物や海洋生物の有機的形状を参考に、スケッチによって目的の造形を
展開していく方法。
・言葉のイメージからスケッチによって目的の造形を展開していく方法。
・日ごろ目にする自動車、船、新幹線や飛行機など人工物の形態を ヒントに、スケッチに
よって目的の造形を展開していく方法。
・任意の動物と任意の植物を結合させた形態をヒントに、スケッチによって目的の造形を
展開していく方法。
・基本となる任意の立体に他の立体を付加させながら、目的の造形をスケッチで展開して
いく方法(複合法)。
・基本となる任意の立体から不必要な部分を切り取りながら、目的の造形をスケッチで
展開していく方法(削除法)。
・電波、音波、電磁波や各種振動波などの波形を基本形にして、新しい造形をスケッチで
展開していく方法など、など枚挙にいとまがない。

列記した以上の造形展開法は極めて直裁的で平易な方法ではあるが、造形表現実習授業に
取りいれたことにより、学生の造形力、表現力が数段レベルアップしたと、まわりが評価
してくれた。

今後とも、プロダクトデザインの学生や関係者に対しては「造形展開のための手描き
スケッチ」の必要性をより強く認識させていかなければならないと思っている。


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清水吉治/Yoshiharu Shimizu
プロダクトデザイナー
E-mail:ysd@theia.ocn.ne.jp

プロフィール:
1959年金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒。
富士通ゼネラルを経て、フィンランド国立美術工芸大学留学。
国際協力事業団(JICA)、(財)日本機械デザイセンターなど多数の財団のセミナー講師を歴任。 富士通、松下電器、シャープ、三菱電機など多数の企業のセミナー講師を歴任。
東京藝術大学(U.T.M)、金沢美術工芸大学、武蔵野美術大学、日本大学ほか多数の大学の兼担非常勤、特別講師を歴任。北京理工大学、廣東工業大学、瀋陽航空工業大学など多数の大学の客員教授。
中小企業庁長官賞、(財)発明協会支部長賞、毎日IDコンペスポンサー賞、中國大学出版局最優秀賞、Gマーク選定品ほか。著書「工業デザイン全集第4巻」、「新マーカーテクニック」ほか多数。                

更新日:2012.01.06 (金) 08:19 - (JST)